意味のない人生に意味をもたせる。

人生に意味を持たせる。

最近読んだ本で一番頭に残った言葉だ。

そもそも人生に意味なんてないのだから、自分で自分の人生に意味を持たせないといけない。

もうね、全くもってその通りだと思うのよ。

人生は死ぬまでの暇つぶしだって僕は考えているから、その暇つぶしを少しでも至高な時間にするには、意味を、大義を持たせないといけないのよな。

リリーフフランキーさんの、「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」は、

だらだらとリリーさんの人生観を覗けるので超お勧めです。

なんてたって人生観。

それこそが人生にとって真っ先に決めるべき事だと思う。

何も考えないままに学生を終えて、社会に出て何となく時間を浪費するのは人生勿体ないからね。

人生観で、「社会」の中で生きていく「選択」をすると、「役割」とともにそれに対する「対価」を貰えるので、それで生計をたてるようになる。それが通常のサラリーマンだ。

昔はなかったインターネットのおかげで少し変わった、普通ではない生き方も垣間見るようになった。

「小屋暮らし」、「Bライフ」がその代表だろう。

これは、「社会」から距離を置き、「社会」での「役割」を放棄し、「インターネット」を介して「社会」に精通することで生計を立てたり、自給自足をする生き方だ。

僕もこのBライフという生き方に憧れた。

社会での役割がないので、無責任で奔放でいられる。最高だ。でもそれでいて最低でもある。

人から頼りにされないってのは、やはりどこか寂しいし、社会に必要とされないのは虚しい。

結局のところ、人は嫌いだけど、人には嫌われたくないっていうのが僕の心情なんだと思う。

 

話は冒頭に戻るけど、人生に意味をもたせるというのは素晴らしい事だと思う。

まず、人生に意味がない事を前提にして認めた上で意味を持たせるって言うのは画期的だよ。

僕も自分の人生に意味を持たせないといけないんだろうなぁ。

じゃないと憂鬱な毎日をずっと生きる事になってしまう。

・・・・・・・・まぁ、意味をもたせても憂鬱は消えないだろうけど。

例えば仕事だって憂鬱じゃないと仕事じゃないっていうしね。

 

さてさて、僕は社会の役に立つことができるだろうかね。

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